都留市消防本部の記録・調査業務のAI活用可能性 — 年間1600件超の救急報告と火災原因特定の効率化
業務管理ヒアリング

都留市消防本部の記録・調査業務のAI活用可能性 — 年間1600件超の救急報告と火災原因特定の効率化

はじめに

都留市役所では、職員のAIリテラシー向上と庁内ガイドライン策定、試行導入を目指し、2025年8月と9月に2回にわたり生成AIワークショップを実施しました。参加者は高い満足度と「業務に活かしたい」という前向きな意向を示し、「業務活用への意識転換」が生まれました。
本記事では、ワークショップで火災調査書類の作成時間削減といった課題解決策を立案した消防本部・松村氏へのヒアリングの内容をレポートします。消防本部では、救急に関する報告書作成業務のような高頻度なルーティン作業と、火災調査や予防分野のような高度な専門知識が求められる作業の双方に、AI活用の大きな可能性が見出されました。

消防本部のコア業務と記録作業の負担

消防本部の業務は「警防」(火災、救急、救助)と「予防」の大きく二つに分かれます。ヒアリングでは、特に以下の二つの業務における負担が明らかになりました。

(1)高頻度で発生する「救急報告書」作成の負担

最も件数が多く、日常的な負担となっているのが救急業務です。

件数の多さ:救急出動は1日に4〜5件、年間では昨年1,600件以上発生しており、その都度報告書を作成する必要があります。

手入力の負担:報告書作成においては、現場で医師に渡す「引き渡し書」という書類の控えを基に、バイタル(血圧など)や患者名、住所、診断名などの情報を読み取り、全て手作業でコンピューターに入力し直す作業が発生しています。この手入力作業とヒューマンエラーのリスクを削減したいという強いニーズがあります。

(2)専門性が高く時間のかかる「火災原因調査」

火災発生時の「原因調査」や「損害調査」も重要な業務です。

調査の複雑性:火災があった翌日などに現場に行き、どこが最も強く燃えているかなどを調査し、出火原因の方向性を特定します。目撃者や証言が得られない場合、調査は難航し、方向性を決めるのに時間がかかります。

書類作成の負担:調査結果をまとめる「実況見分調書」や「調査書」などの内部資料を作成する必要があり、これには写真の撮影と、その写真を一枚一枚説明する「写真書見」の作成が含まれます。書類作成を含む一連の流れは、長いもので約1ヶ月かかることもあります。

生成AIによる効率化の具体的なアイデア

これらの業務負荷に対し、生成AIを活用した具体的な解決策が提案されました。

(1)火災現場写真からの自動記述(写真書見)

最も即効性があると期待されているのが、火災現場の写真をAIに読み込ませ、状況を客観的に説明する文章(写真書見)を自動で作成させることです。

期待される効果:AIが画像から状況を読み取り、決められたフォーマットで文章化できれば、調査書作成の手間を大幅に軽減できます。

原因特定への示唆:また、過去の火災データベース(総務省消防庁など外部で公開されているデータ)をAIにあらかじめ学習させておくことで、現場の写真や動画から、類似の火災事例を検索し、「何パターンか考えられる可能性」の中から、原因特定に向けた方向性の手がかりを得られる可能性があります。

(2)救急報告書への自動データ入力

救急業務においては、医師の「引き渡し書」を画像として取り込み、そこから患者情報やバイタルデータ、診断名などの必要な情報をOCR技術(画像からの文字認識)を用いて抽出し、報告書フォーマットに自動的に入力することができれば、ルーティンの手入力作業が大幅に削減できます。この自動入力はヒューマンエラーの削減にも繋がります。

(3)予防分野の法規チェック(将来的な期待)

火災予防分野では、建物の用途(病院、学校、工場など)や図面情報に基づき、消防法に定められた必要な消防設備(消火器、火災報知設備など)を設置すべき位置や種類をAIが自動で弾き出すシステムの構想が提案されました。これは現在、専門職員が分厚い消防法を読み込み、図面と照らし合わせながら業者と打ち合わせるという、非常に専門的でミスの許されない作業であり、AIが適用できれば大きな成果が見込めます。

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データセキュリティと個人情報保護の課題

AI活用において、特に救急業務分野では個人情報保護が極めて重要な課題となります。

救急報告書における高度な個人情報の取り扱い

救急報告書には患者の氏名、住所、バイタルデータ(血圧、脈拍等)、診断名などの医療情報が含まれており、これらは高度な個人情報に該当します。このため、AI活用にあたっては以下の点で慎重な対応が求められます

●      データの機密性:医療情報は個人情報保護法において特に配慮を要する「要配慮個人情報」として扱われる

●      外部サービス利用のリスク:クラウド型AIサービスの利用には、データの外部流出リスクへの対応が必須

●      緊急性との両立:救急業務は時間との戦いであり、セキュリティ対策が業務の迅速性を損なわないバランスが必要

導入に向けた高いハードル

こうした個人情報の特性から、救急業務へのAI導入には以下のような導入ハードルの高さが想定されます:

  1. 厳格なセキュリティ基準の確立:医療情報を扱うための技術的・組織的な安全管理措置の整備

  2. ローカル環境での運用検討:外部サービスではなく、庁内システムでのAI運用の必要性

  3. 法的・倫理的な検証:個人情報保護法、医療関連法規との整合性確認

  4. 段階的な導入プロセス:まずは個人情報を含まないデータでの試行から開始し、徐々に適用範囲を拡大

業務効率化への期待は大きい一方で、個人の権利とプライバシーを守ることが最優先であり、AI活用の実現には時間をかけた慎重な検討と準備が不可欠です。

現場実装に向けた課題

活用の可能性が高い一方で、現場実装には課題も存在します。

(1)既存システムとの連携

救急報告書や火災調査書は最終的に基幹システムに入力されます。AIが作成したデータ(テキスト、抽出データ)を、直接システムにインポートできるような中間システム(エクスポート/インポート)の構築が必要となります。

(2)高度な専門業務への導入における規模の問題

消防法に基づく設備チェックのシステム化は、全国の消防署が共通で抱える課題です。都留市や弊社が単独でゼロからシステムを開発するよりも、全国的な取り組みとしてAIでのシステム化が望まれます。

(3)データ処理の課題

救急報告書において、医師の手書き文字の読み取り精度や、人間の考察(エピソードなど)の記述部分については、AIによる完全な自動化が難しく、人間によるチェックや修正が引き続き必要となる可能性があります。

まとめ

消防本部におけるヒアリング結果は、AI活用が「高頻度な日常業務の負担軽減」(救急報告書)と「専門性が高い業務の調査補助」(火災調査、予防業務)という二つの軸で非常に有効であることを示しました。

特に、年間1600件を超える救急報告書の入力業務をAIで効率化できれば、職員は本来の重要な業務に時間を再投資できる余裕が生まれます。

松村氏のヒアリングを通し、実際にはじめられる小さなことから実装につながるよう、提案をしていければと考えています。

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