「条例チェック」の膨大な時間をAIで削減せよ — 都留市総務課が挑む法制業務の効率化と広報の未来
業務管理ヒアリング

「条例チェック」の膨大な時間をAIで削減せよ — 都留市総務課が挑む法制業務の効率化と広報の未来

はじめに

都留市役所では、職員のAIリテラシー向上と庁内ガイドライン策定、試行導入を目指し、2025年8月と9月に2回にわたり生成AIワークショップを実施しました。参加者は高い満足度と「業務に活かしたい」という前向きな意向を示し、「業務活用への意識転換」が生まれました。
本記事では、総務課法制広報担当の小林氏へのヒアリングの内容をレポートします。法制広報担当の業務は、日常的な会議の記録作成から、極めて高度な専門性を要する法制業務、そして市民との接点となる広報業務まで多岐にわたります。ヒアリングの結果、AIはこれらの分野で、単なる効率化を超えた「業務品質の向上」に貢献できる可能性が示されました。

小林氏は、既に会議での対面録音データの文字起こしをAIで試行的に実施するなど、積極的な姿勢を示されています。

法制広報担当のコア業務と「法令チェック」の重い負担

担当が抱える業務課題の中で、最も時間的・精神的な負荷が高いのが、法制業務です。

(1)条例改正時の「ねじれチェック」

新しい条例を制定したり、既存の条例を改正したりする際、その内容が他の法律や関連する条例と矛盾(ねじれ)していないかを、全てチェックする必要があります。

このチェック作業は法律やルールの整合性を担保するための重要な作業であり、膨大なチェック工数が発生しています。

(2)議会提出資料作成の特殊な負担

条例を改正し議会に諮る際、単に改正後の条文を提示するだけでなく、変更前と変更後を対比させた「新旧対照表」や、条文に溶け込ませるための特殊な文章(ルール上のルール)を作成する必要があることが分かりました。

この特殊な文章作成は、ルールが細かく決まっており、手作業で対応しているため、一つの条例を直すために丸一日、担当者がその作業に張り付くこともあり、「負担の大きい作業」と感じられている現状があります。

生成AIによる効率化の具体的なアイデア

この高度かつ煩雑な業務負荷を解消するために、AI活用が強く望まれています。

(1)法令・例規集を用いた矛盾点チェック(RAGの活用)

小林氏が「どう考えてもAIの得意な分野」と語るのは、ルールの整合性チェックです。都留市には、全ての条例が載っている「市の例規集」という公開データベースが存在します。

実現イメージ:この膨大な例規集データをAI(RAG:検索拡張生成)に読み込ませ、新規作成・改正した条文案を入力することで、既存の法案や全国の類似の条例と比較し、矛盾点やねじれを洗い出すことが期待されます。

期待される効果:AIが矛盾点を箇条書きで示せれば、職員は確認作業に集中でき、チェックの精度向上と時間の削減に直結します。

(2)議会提出用改正文章の自動生成

特に負担が大きい「第何条の何という文字を…」といった改正文の作成も、ルールが決まっていることから、AIが変更前後の条文を比較し、そのルールに基づいて必要な文章を自動で生成することが期待されています。これが実現すれば、担当者が費やしていた膨大な時間が削減され、業務効率化に大きく貢献します。

(3)広報業務の革新:画像・動画生成とチェックの自動化

広報分野では、市民への情報発信の質を高めるための具体的なアイデアが提案されました。

誤字・脱字チェック:広報誌作成後の、誤字脱字、日付、曜日の整合性、QRコードの読み取り確認といった最終校正作業をAIに委ねることで、精度とスピードが向上します。広報誌の情報は公開情報であるため、セキュリティ上のハードルが低いというメリットがあります。

クリエイティブ作成:お祭りなどの写真データからショートムービーをAIで作成し、YouTubeや公式LINEで発信することで、紙媒体中心の広報から「三次元的な広報」への転換が期待されています。

文章の最適化:堅苦しい通知文書を、市民に動機付けしやすい、分かりやすい文章に書き換える作業も、試験導入しているAIツールを用いて既に効果が確認されています。

画像

画像

現場実装に向けた最大の課題:「セキュリティとローカル環境」

公開情報を扱う広報業務や法令業務ではハードルは低いものの、自治体運営の根幹に関わる部分では、個人情報とセキュリティが最大の障壁となります。

(1)情報公開文書における黒塗り問題

総務課が担当する情報公開業務では、個人情報保護の観点から、文書の特定の箇所を黒塗り(マスキング)する作業が発生します。この黒塗り箇所はルールで決まっていますが、AIで自動化するためには、文書をAIに読み込ませる必要があります

課題:重要な個人情報を含むデータを、インターネットを介して外部のAIツールに渡すことは、セキュリティポリシー上許容されません。

解決の道筋:データを外部に出さず、庁内LAN内や個別のPC内でのみAIを動かすローカル環境(ローカルRAG)の整備が不可欠です。

(2)庁内ファイルの検索性の欠如と引き継ぎ問題

異動が多い自治体において、「多くの時間をファイル探しに費やす」という現状があり、職員の生産性を著しく下げています。マニュアルも使いづらく、あったとしてもその存在すら知らない職員もいます。

課題:既存のファイル検索はタイトル検索が中心で、ファイルの中身(文章データ)まで掘り下げた検索が困難です。

解決の道筋:庁内ネットワークドライブを対象にしたローカルRAGを構築し、ファイルの中の文書まで検索可能にすることで、必要な情報にすぐにたどり着ける環境が求められています。

まとめ

総務課法制広報担当のヒアリングを通じて、AI導入が目指すべき方向性は明確になりました。

1. 高度な専門業務の支援:法制業務のように専門性が高く、かつルールが明確な分野は、AIが最も力を発揮し、業務の質の向上に貢献します。

2. 職員の行動変化を促す:膨大なマニュアルや庁内文書をRAG化し、検索の手間を削減することで、職員が「探す時間」から「考える時間」へと時間を再投資できる余裕を生み出します。

3. ファクトチェック能力の強化:AIは完全ではないため、AIが提示した案の妥当性を判断し、責任を負える人材が不可欠です。

都留市は、まず公開情報である「例規集のRAG化」や「広報誌の誤字チェック」といったハードルの低い部分で小さな成功事例を積み重ね、その実績を基に、セキュリティの壁が高い個人情報領域でのローカル環境整備へと挑戦を進めることが期待されます。

コラム一覧へ戻る

関連記事